2017年11月14日火曜日

「夫婦幸福ライヴ in ふくしま2017」

桑原滝弥さん、神田京子さんとの「夫婦幸福ライヴ in ふくしま2017」。福島県いわき市、伊達市にて11月9日から12日まで4日間で5公演を行いました。

ほんの短い期間ではありますが、それぞれの地域、それぞれの会場で見たもの、感じたこと、そしてひとりひとりのお客様や地元の方から伺ったお話を思うにつけ、東日本大震災の被災という形で強く現出している様々な事象が、どれ一つとしてこの国に生きる私たち全てと関係のないものはなく、終局的には私たち自身が、それぞれの地域、人生の中で共通して向かい合わざるを得ないものなのであることを改めて感じています。

桑原滝弥さん、神田京子さん、向坂くじらさん、ホストファミリーの皆様、現地で出会った全ての方々に感謝申し上げます。

2017年11月9日木曜日

10月22日の「tamatogi」出演時の動画をアップロードしました

10月22日、六本木・新世界での「桑原滝弥×イシダユーリpresents tamatogi ~秋の詩のオープンマイク祭り~」出演時の動画をアップロードしました。撮影は川方祥大さん。ありがとうございます。お時間のある時にご覧頂ければ幸いです。



では、福島に行って参ります。

肚を決める。

11月7日、JYBはフランスへ帰っていった(と言っても、すぐさまブラジルの国際ポエトリースラムに向けて出発するらしい)。我が家はなんとなくがらんとして、少しさびしい。

スーツケース一つ持って(JYBは二つ持っていて、ついでに途中で一つ買い足して三つになっていたが)世界中を回るポエトリースラマーは、適応能力が非常に高い。日本にいる10日のうちに、JYBは自分で電車に乗り、ATMで金を下ろし、日本人も知らないような安い店を見つけて買い物をし、お疲れ様、と言って私にコンビニで肉まんをおごってくれるまでになっていた。耳が良く、一度聞いた日本語のフレーズはすぐに覚えてしまう。さすがだ。千葉の里山からフランス大使館まで、彼と一緒に過ごした時間は宝物だ。100円ショップとカレーとラーメンが大好きで、ユニクロで買ったシャツを子供みたいに喜んで身につけ、「XXL」のシールをつけたまま颯爽と歩き出して私の妻に後ろからはがされるJYBの姿を思い出すだけで気持ちが明るくなる。JYBはまた来日する気満々で、我々にはいくつか計画もあるけれども、それはまた別の機会に明らかにすることができるだろう。


11月6日のポエトリーリーディングオープンマイクSPIRITでは、そのJYBをゲストに迎えた。と言うか、そもそもそのために招聘したのだ。

そのパフォーマンスの強度と陽性の魅力は、ご来場の皆様にも確実に届いたのではないだろうか。私も一緒にJYBの詩の日本語訳を朗読したりしたが、「今からちょっと訳してくれないか」と言われたのは会場入りしてからだったりして、そういうイレギュラー極まる展開もパリのポエトリースラムW杯を思い出した。あの時も街中をうろうろしているだけでいろんな無茶振りをされたっけ。


来日以来彼とずっと一緒に過ごして、本当に純粋で繊細で優しい人であることを改めて感じた。しかしその底には、自らの辿ってきた人生と、そのルーツにまつわる様々な物語が流れており、深く沈殿した悲しみと怒りが存在していることが、ふとした瞬間や会話の端に顔をのぞかせる。そのパーソナリティが、物事を常に多面的・多角的に捉えるビジョンにも繋がっていると感じる。彼の詩をもっともっと訳してみたい。

オープンマイクには24名の方にご参加頂いた。登場順に、

もり
小林結
あしゅりん
ケイコ
元ヤマサキ深ふゆ
藤原游 
梓ゆい
筒渕剛史
中野皓作
死紺亭柳竹
イシワタキミ
ジョーダン・スミス
村田活彦
マリア
ジュテーム北村
遠藤ヒツジ
晴居彗星
春井環二
rabbitfighter
阿部洋史
yae
長谷川浩輝
三木悠莉
道山れいん

という皆様。

今回も初参加の方が多かったが、それぞれが持ち寄る「詩」の静かな弾力が、何かに到達する瞬間の美しさがちりばめられていたと思う。オープニングはURAOCBが、ラストは私が「うなぎ」と「電気うなぎ」を朗読した。

次回SPIRITは12月4日、URAOCBセレクトのゲストはラッパーのもがくひと。お待ち申し上げております。

☆☆☆

そして、少しさかのぼって11月4日のポエトリースラムジャパン全国大会。

結論から言うと、優勝は三木悠莉さんで、私は決勝ラウンドで敗退した。今回をもって、ポエトリースラムジャパンから、出場スラマーとしては卒業する。関係の全ての方に心から感謝したい。

その上で、準決勝Aグループでの状況について、思ったことを書いておかなければならないと思う。これについては、私自身、お客様から色々な声を頂いたが、あくまで私一個人が感じたこと、そしてその後考えたことに沿って書きたいと思う。

まず端的にどういうことだったかというと、Aグループでは、1位抜けの三木悠莉さんと2位抜けの私だけが高得点で、他4人の詩人は、それぞれのジャッジがほとんど全員2~4点しかつけないという、極端な低得点であった。

正直言って、それは私が今まで海外で経験してきたポエトリースラムでは考えられない出来事だった。目を疑った。信じられなかった。

まず、ベルギーでもフランスでもイスラエルでも他の国々でも、ジャッジが7点以下の点をつけるということはほとんどない。8点以下をつけようものならだいたい会場からブーイングが起きる。2点とか3点なんてありえない数字である。また、10点満点も乱れ飛ぶ。それでもちゃんと優劣はつくし、総体的な点差が少ないから、1巡目と2巡目で逆転が起きることも多くなり、ゲームとしても面白い。今回みたいに、2巡目でジャッジ全員が満点を出しても逆転不可能なんていうことはまず起きない。

私には、どらごんまうすさんも八和詩さんもいっきょんさんもつきさんも、みなそんな低得点しか与えられないようなパフォーマンスだったとは全く思えなかった。むしろ素晴らしいものだった。ジャッジの真ん中3人の合計得点が一桁なんて、そんな話があるだろうか。

彼女たちのジャッジの点数を見たとき、最初に驚き、次に心の底から怒りと哀しみを覚えた。それは間違いなく、私が今まで10年間ポエトリーリーデングをしてきて、最も動揺した瞬間だった。自分の決勝進出が確定しても少しも嬉しくなかった。

決勝戦をボイコットしようと本気で思った。人間性の肯定、自らと異なる他者への尊敬がなければ、スラムはゲームとしてもエンターテイメントとしても機能しない。スラムが始まってまだ間もないこの国では、これは確かに起こり得ることではあるけれども、こんな極端な形で現出するとは・・・

確かに、どんな形であれ、ジャッジにはそれぞれの理由があってその点数をつけたのだし、その内心の自由に踏み込むことは誰にもできない。私がツイッターに攻撃的なことを連投してしまったのは醜い行為だったと思う。また、優勝した三木悠莉さんに対しても申し訳なかった。この場を借りてお詫びしたい(そもそも、仮に点数差がこんな形で現れなくても、今回の大会で最終的に優勝したのは彼女だったろう)。

しかし、私は、あの状況はポエトリースラムがポエトリースラムとして発展する上で見過ごすべき状況とは思えなかったし、これから多くのスラマー、また新しくやってきたお客様を迎え入れる上で、良いものではなかったと思っている。

お金を払って来場しているお客でもあるジャッジがすることに文句をつけるな、と言われるかもしれない。だが、根本的に我々スラマーもエントリー料を払っており、立場としては変らないし、仮に我々がギャラを貰う立場だったとしても、おかしいと思ったことはおかしいと言わねばならないと私は思う。それに、どんなジャンルでも、お金を払っているからと言ってやってはいけないことなどたくさんある。例えば野球では、味方が守備をしている時に応援団は鳴り物を鳴らしてはいけないし、八百屋さんではトマトを指でつぶしてはいけない。それらは、そのジャンルが健全に運営されていく上で大切な不文律である。

一方で、重ねて言うが、ジャッジに対して攻撃的になったことは謝罪したい。それは的外れであった。これは誰の責任でもない。ポエトリースラムでは、ポエトリースラムをポエトリースラムたらしめている理念がゆるやかに共有されることが何より必要で、それなしではゲームとしても競技としてもエンターテイメントとしても魅力的にはならないことを改めて感じている。その理念ということに関しては、PSJ代表の村田活彦氏のブログ記事を紹介することをお許し頂きたい。私の考えも氏に非常に近いものである。

私はポエトリースラムに、計り知れないほどの恩恵を受けてきた。今も受け続けている。その恩恵は有形無形に、どんどん大きくなる一方である。

今回の経験を経て、自分自身はどうすればいいのか、どうしていくのかを考え続けている。言いたいことを言いっぱなしにしてさよならするには、私はあまりにも多くのものをポエトリースラムから貰い過ぎている。

今年は東京大会が三つあったけれども、もしもできれば、来年は私がその一つを貰って、千葉大会を主催させて頂ければと思う。

何よりもスラマーが安心して全力を出し切れ、お客様が楽しめ、ステージと客席にリスペクトが相互に存在し、初めて訪れて下さった方が魅力的に感じて頂けるような大会。それを実現して、日本のポエトリースラムへの恩返しにしたい。今、そう思っている。私にはいくつかのアイディアがある。

真摯にPSJに取り組む、村田活彦代表はじめ、スタッフの皆様に対する敬意と感謝の念は変わることがない。現時点でも、PSJの司会と受付は間違いなく世界一だ。

優勝者の三木悠莉さんには心からおめでとうを言いたい。そして、12人のスラマー一人一人が私の中にその存在を深く残している。人としてこの世に生まれ、真剣に関わろうと思えるものがあるのは幸せなことだ。

☆☆☆

明日から、詩人の桑原滝弥さん、講談師の神田京子さんご夫婦とともに福島へ向かう。

---

「夫婦幸福ライヴ in ふくしま2017」 

▽出演
桑原滝弥(詩人) 
神田京子(講談師) 

▽ゲスト 
大島健夫(詩人) 

11/10(木)13:30~  
伊達 飯館村・伊達東仮設住宅 

11/11(土)11:00~  
いわき ことほぎ庵 森へゆこう 

11/11(土)15:00~ 
いわき グループホーム ことほぎ庵

11/12(日)14:00~ 
いわき 久之浜・大久ふれあい館  

※全て入場無料。 施設/地域関係者以外で観覧を希望される方は、 事前に下記までお問い合わせください。 

【お問い合わせ】 
詩人類・桑原 
TEL:090-8545-2708 
takiyakuwahara@yahoo.co.jp 


肚を決めて、旅に出る。



2017年10月29日日曜日

朋あり遠方より来る

26日、11月4日のポエトリースラムジャパン全国大会、そして6日のSPIRITにゲスト出演するフランスの詩人・JYBを成田空港に迎えに行く。JYBはそのまま我が家に3泊し、今日から都内のホテルに滞在している。

2015年、ベルギーのモンスでのSLAMons&Friends2015、そして2016年、パリでのポエトリースラムW杯でステージを共にしたJYBだが、モンスやパリではどちらかと言うとあまり喋っておらず、その底響きのするいい声と、W杯の決勝終了後に彼が持っていたラムをみんなで回し飲みしたのが印象に残っているくらいだ。今回、JYBの方から日本でパフォーマンスしたいという話をもらい、それから諸々進んで来日の運びとなった。

いかつい体をしたJYBだが、一緒に時間を過ごしてみると、非常に純粋で繊細で優しい人である。私と同い年ぐらいかと思っていたら、なんと55歳だという(上の息子さんは30を過ぎているとのこと)。父親はグアダルーペ島出身、母親はマダガスカルの出で、本人はニューカレドニアで生まれたという、それだけでも伝奇性に満ちた来歴を持っているが、これまで歩んできた道のりを聞いてみると、当然のようにうわべだけでない重層的で深度のある人生を歩んでおり、それは行動や仕草の端々にも窺える。夏にデンマークのエミールたちがやってきた時は、彼らの英語が上手いこともありほぼ完全なコミュニケーションが成立したが、JYBは英語があまり話せず、私はフランス語が全然駄目なので、会話は双方の口数が多い割に意思疎通に時間がかかったりして、私も地元にいながら海外遠征をしている気分が味わえて楽しい。


千葉の農村から台風の接近する新宿まで、いろんなところを一緒に動き回った。辛いものも甘いものも好きな、誰に対してもオープンで明るいJYB。来月、彼のパフォーマンスを日本で見るのが待ち遠しい。

でももちろん、一番待ち遠しいのは、自分自身がステージの上でパフォーマンスすることだ。ステージの上にあるのは、世界で一番自由で不自由で幸せな時間だ。11月4日のポエトリースラムジャパン全国大会と6日のポエトリーリーディングオープンマイクSPIRIT。是非おいで下さい。

あなたと、詩を。

☆☆☆

「ポエトリー・スラム・ジャパン2017秋 全国大会」

2017年11月4日(土)・月島 月島社会教育会館ホール

11時30分開場/12時開演・入場料2000円

▽MC
猫道

---

「SPIRIT」

2017年11月6日(月)・渋谷 RUBY ROOM

19時30分開場/20時開演・入場料2000円(2ドリンク付)

▽主催・出演
大島健夫/URAOCB

▽スペシャルゲスト
JYB

◎オープンマイクは当日先着16名まで。1名あたり制限時間5分。




2017年10月24日火曜日

旅は無限に続く

昨日は投票を済ませたあと、六本木でカザン共和国の詩人と蕎麦を食べ、一緒に山種美術館で日本画を観、夜はやはりで「桑原滝弥×イシダユーリpresents tamatogi ~秋の詩のオープンマイク祭り~」にゲスト出演。と書くと簡単だが、何しろ大型台風接近中の折なので、何をするにもいちいちけっこう濡れていたのであった。

詩というもののいいところのひとつは、いろんな「引っかかり」を受け手に与えることだと思う。それは単純な違和感であったり、様々な種類の驚きであったり、不快感であったり、感動であったり、時には魂に撃ち込まれるような衝撃であったりする。詩というメディアを通してしか人間が感じられないものはやはりあって、昨夜のtamatogiにはたくさんのそうした「引っかかり」があった。台風でいらっしゃれなかった方も多いと思うが、その台風の夜だからこそもたらされた何かもまた確実に存在していた。素敵な詩の夜だった。

私は「さかな」を朗読した。

(撮影・川方祥大)

今回はオープンマイク参加者の中からゲスト出演者が選ぶ「tamatogi賞」というものがあり、私は藤井コウさんを選ばせて頂いた。ゆっくりと書かれたものにしか現れない味わいと魅力と静かな強さがあるテキストがとても好きだった。

お客様、競演者、主催者、スタッフの皆様、会場の六本木新世界、天気、そして二度と戻らないこの日この夜に感謝。

☆☆☆

そして、21日の夜にポエトリースラムジャパンのFacebookページにこんな文章が載り、驚かれた方も多いと思う。

【重要なお知らせ】
ポエトリースラムW杯の出場権について、重要なご報告です。

ポエトリースラムジャパンではこれまで「全国大会優勝者1名が、パリでのポエトリースラムW杯に出場する」ということをご案内してきました。

ところが今回、全国大会開催にあたりパリW杯本部とやり取りをするなかで、先方が「W杯に一度出場した人は、再び出場することができない」という主旨の返事をしてきました。

「国内大会優勝者がW杯経験者なら第2位を、第2位もW杯経験者なら3位の人を招聘する」とのこと。

これは、これまでW杯側からの提示がなかったことなので非常に困惑し、また関係各位に大変申し訳ない思いでいます。

現実的なこととして現在、2017年秋大会のファイナリストに、W杯経験者が2名いらっしゃいます。結論から言いますと、今大会でこの2名のどちらかが優勝した場合、パリW杯に代わる特典を用意いたします。残念ながら今の段階では具体的にお伝えできないのですが、早急に検討していきます。

そして、この2名のうちどちらかが優勝(もしくはおふたりが優勝と準優勝)という結果になった場合、2位(もしくは3位)の方にW杯出場権が移る、ということにいたします。

大会直前のこの時期に、W杯出場権という重大な取り決めを変更することになってしまい、本当に恐縮です。

もう少し、詳しくお伝えしますと
W杯主宰の説明によれば「2度目の出場不可」という方針は、ルールブックのような形で明言されているものではないとのこと。

ただし「例えば去年、スペインの選手が国内大会で2年連続優勝したが、2回目の時は次点の人に出場依頼した。他の国にも同じルールを適用している」という回答でした。また、その年の国内優勝者がW杯初出場だとしても、その人が何らかの事情でW杯に来れない場合は2位や3位が招聘されることもあるようです。

そして、その理由として「それぞれの国の(詩の)コミュニティは常に成長しているのであって、W杯には毎年新しい詩人に参加してもらいたい。それがW杯のコンセプトだ」との説明もありました。何度かのメールのやり取りでも、先方の主張は変わりませんでした。

ただ、W杯の趣旨がどうあれ、少なくとも今回のPSJではW杯出場を優勝特典のような扱いとしてきましたので、それが叶わないとなれば代替案を考えます。

また、次年度以降どうするかは、別途あらためて検討いたします。

長くなりましたが、全国大会に関わる重要な案件として、まずはお知らせいたしました。突然のご連絡になり大変申し訳ありません。
どうかご理解いただけますよう、お願い申し上げます。

ポエトリースラムジャパン代表 村田活彦

この件について、私はその前の夜に村田代表から連絡を頂いていた。この文中のW杯経験者というのは、とりもなおさず私と中内こもるさんなのである。

もちろん私もびっくりした。何しろ昨年のパリのW杯でも、そんな話は誰からも一言も聞いたことがなかったし、各国のスラマーと「またここで会おうね」と言い交し、複数の運営関係者から「必ずまた出場してね」などと言われているのである。彼ら、彼女らも知らなかったのだろう。文中のスペイン代表の件というのも、今日になって別の筋から話を聞いたところ、どうやらその時は色々あったらしい。

ただ、同時に、「ありそうな話だな」とも思った。W杯の主宰というのはピロットさんという、アラン・プロストに空気を少し入れたような雰囲気の人だが、多分、こんな大事なことにもかかわらず、今まで聞かれなかったから言わなかっただけなのだと思う。日本ではそんなことはあり得ないとか、社会では通用しないとかここで言っても何の益もない。これが彼ら式の物事のすすめ方だということなのだ。実際、運営側が突然物事を改変したり、誰も聞いていなかったことが不意に明らかになったりして、出場スラマーが「えー!?」となるところを私もパリで何回か見ている。そしてもっと言うと、私が今までに出場したり参加したりした海外のポストリースラムや詩祭で、ほぼ完全に運営を信頼して安心して行動できたのは、私にとって初めての国際ポエトリースラムだった、ベルギーのモンスでの「SLAMons&Friends」だけで、他は大なり小なり様々な突発的事象が出来した。ただ、だからと言ってそれらの主催者筋が悪人だったり嫌な奴だったかというとそんなことはなく、みなそれぞれにいい人たちで、しかも熱心だった。今回も話を聞いた時、私は、「ああ、ピロットさんだったらそういこともあるだろうな」とごく自然に思ったのだ。

個人的には、ピロットさんにはずいぶん親切にしてもらった。カリブラージュに三回も起用されたし、そのうち一回は、W杯の決勝が終ったあと、入れ替わりに同じ会場で行われるフランスの国内スラム決勝戦前のカリブラージュだった。人生で一回しかそこには立てないということをピロットさんはもちろん知っていたわけだから、準決勝敗退者の中からわざわざ私を選んでそのステージでパフォーマンスさせてくれたということは、今になって思えば意味深いものがある。もうあの雰囲気は味わえないんだなあ、と思うと、全ての瞬間の思い出は光り輝いて感じられるのである。私は全力を尽くしたから、悔いるところは何もない。ポエトリースラムW杯というのは甲子園みたいなものだったのかもしれない。

しかし、しかしである。やっぱり後味の悪さはある。だって、「優勝者をパリのW杯に送り込むのが目的の大会」に、そもそもその資格が最初からないにもかかわらず、そのことを知らずに、2017春、2017秋と二度も出場してしまったのである。私は次は必ずW杯で優勝するつもりでいて、今回は東京大会Cで優勝した。中内さんは中内さんで名古屋大会で優勝した。勝ったってW杯には出ない人間が二人も全国大会にいる。私に関して言えば、当たり前だが本当のことを知っていれば出なかった。その資格がある人を後ろから応援する側に回っていた。二回以上は出られないなんて知らないから、自分がもう一度行って優勝することが良いことだと思ったのだ。だが現実には・・・。ピロットさんが、村田さんにでも岡野さんにでも私にでも中内さんにでも、最初から「実は一度しか出られないんだ」ということを告げていれば何の問題もなかったはずなのだが・・・

W杯というが、そう称してはいても、現地で見ているとピロットさんとその周辺の人々が切り盛りしている印象が強く、いわば個人商店という感じがある。そういう点では、たくさんある国際ポエトリースラムの中のひとつであり、毎年開催、かつ安定して多くの国の詩人を招聘しているというところに特徴があるのだろう。だから、「W杯なのだからかくあらねばならない」という理想を我々が語るのは筋違いなのかもしれない。そして、その国際ポエトリースラムの中でも比較的大規模かつ安定して開催されているポエトリースラムW杯というスラムには、その不文法に基づいて二回以上は出場できない。ならば、私としてはその先を見据えなければならない。甲子園出場後も野球を続けていく道。日本のポエトリースラム文化は始まったばかりだから、その道は自分で切り拓いていかなければならないのだと思う。

複数の国から既に2018年に開催されるポエトリースラムへの招聘を頂いている。

中には外務省が国全体を「レベル4・退避勧告」に指定しているような国で開催されるものもあり、何が実現して何が実現しないのかはこれから次第に明らかになっていくだろうが、それらのオファーに共通しているのは、私が2016年のW杯に出場したことがその大きなきっかけの一つになっているという点だ。昨年秋のブリュッセル詩祭も、年末のイスラエルでのスラムも、W杯からの流れでオファーを貰ったものだった。反対に、今までの海外でのスラムでの人間関係から、様々な国のスラマーが来日する際には必ず連絡をくれるようになったし、出来る限り彼らのパフォーマンスの場所を提供するように力を尽くしている。ごく近い将来、日本で各国のトップスラマーを招聘しての国際ポエトリースラムフェスティバルを実現させたいし、4年に一度くらい、持ち回りで国を変えてポエトリースラム五輪ができたら、などと想像もする。でも一方では、そのようなことが実現して話題になったら、それは必然的にポピュリズム、コマーシャリズムと詩のせめぎ合いとなり、失われるものもまた多くなるだろう。ではどうするか。どうしたらいいのか。その答えは簡単なものではない。ポエトリースラムというのはぎりぎりのところで成立しているフォーマットで、どのようにその本質を伝えていくか、表現していくかということについては、多分これから関わってゆく限りずっと、全ての場面で自分の中で問い続けることになるだろう。

これからも常に、一瞬一瞬自分の中で問い続ける。どこまで行くか、どこへ行くかわからない。でも足を止めずに動き続ける。

11月4日のポエトリースラムジャパン全国大会には出場する。全力を尽くして戦う。PSJがW杯へと接続するための大会であり続けるなら、私にとってこれが最後のPSJになる。村田さんの文中にもあるように、PSJそれ自体も今後、そのあり方を自ら問い、また外からも問われ続けるだろう。問い、問われることも、また詩というものの魅力のひとつだと思う。

旅はこれから無限に続く。

2017年10月17日火曜日

雨朗読雨朗読、雨生物

15日(日)は千葉詩亭・第四十八回。雨が降っていた。どうもSPIRITの日、それから千葉詩亭の日は雨が多いように思われてならない。統計をとったら明らかに有意な数値が現れるのではなかろうか。台風や大雪ともよくバッティングする。きっと共通して行いの悪い人間がいるに違いない。そんな雨の中、今回もご来場ご参加、まことにありがとうございました。

ゲストは第21回中原中也賞受賞詩人、カニエ・ナハさん。

詩の投稿を初めてちょうど10年というカニエさん。一目見ただけでどれほど読み込んだかがはっきりわかる中原中也詩集からの朗読に始まり、実は過去、千葉に住んでいたという頃の過去作から丹念に一つずつ作品を紡ぎ、最後はコール・ポーターのジャズをバックに、静かな緊張感と迫力に満ちたリーディングを繰り広げる。雨の音、しっとりした空気も完全に我が物としていた。

そのカニエさんが作った空気に足を踏み入れるかのように、オープンマイク参加したのは、登場順に

川方祥大
ケイコ
佐々木漣
ジョーダン・スミス
藤原游
あしゅりん
さとう
森ジュンイチ
OOM
晴居彗星
遠藤ヒツジ
葉月之寛
死紺亭柳竹
上條美由紀

という14名の皆様(敬称略)。それぞれの詩の言葉の中に、はからずも生きていくことそのものに対する視線とスタンスが浮き上がる、とても印象的なオープンマイクだった。例によってオープニングは山口勲が、ラストは私が「タコとイカ」を朗読した。



次回の千葉詩亭・第四十九回は12月17日(日)、ついに八周年。皆様どうぞお楽しみに!

☆☆☆

明けて16日。また冷たい雨が降っていた。原因となっているのは一体誰なのか。内藤重人さんとのコラボでかずちゃん企画「謡 ~其の三十七~」に出演するため、午後から渋谷に向かう。内藤さんと軽く打ち合わせを済ませたあと、競演の死紺亭柳竹さんを駅まで迎えに行く。会場の喫茶SMiLEへと死紺亭さんを訳知り顔でエスコートしたが、途中で道を間違えた。

この日は遠藤ヒツジ、死紺亭柳竹、大島健夫with内藤重人の三組+オープンマイクという、ポエトリー色強めの構成。競演の遠藤ヒツジさんと死紺亭柳竹さんはどちらも硬派だった。ヒツジさんは出汁のしっかり効いた、それでいて余計な化学調味料の振られていない、かつ独自のラインの味をしっかり保つ料理のような朗読、死紺亭さんは30分間で自分という存在そのものを言葉に乗せて会場に、そしてそこに集った人の心に刻みつけるような朗読だった。私は前述の通り内藤さんとのコラボで30分ものの「夢を見たことがない」を朗読。内藤さんとのコラボは二回目になるが、内藤さんの音の力で自分の新しい面を引き出してもらう感覚が強く、非常に緊張感がありかつ充実した気持ちで声を出せる。新しい筋肉を使うような、新しいラインをトレースするような、そういう感触はとてもいい。これからも折々ステージを共にできればと思う。感謝。いい夜だった。

☆☆☆

明けて本日は千葉県生物多様性センター主催の研修会。冷たい雨が降っていた。寒いので帰ってから鍋をこしらえて食べた。

うまかった。

2017年10月14日土曜日

「千葉詩亭・第四十八回」、そして「謡(うたげ)~其の三十七」

さて、日曜、月曜とまたイベントが続く。まず15日(日)は千葉市中央区登戸のTREASURE RIVER BOOK CAFEで偶数月の第三日曜に恒例、山口勲と大島健夫で共同開催のポエトリーリーディングオープンマイク「千葉詩亭」の第四十八回。

今回のゲストは、第21回中原中也賞受賞詩人・カニエ・ナハさん。30分、どんなパフォーマンスをして頂けるのかとても楽しみ。当日、カニエさんと私が関係しているあるプロジェクトについて、ちらっと先行発表もさせて頂く予定。聴きたい人も自分で読みたい人もカニエさんに会いたい人も、どなたもお気軽においで下さい。ごはんもおいしいですよ。

***

「千葉詩亭・第四十八回」

2017年10月15日(日)・千葉 TREASURE RIVER BOOK CAFE

17時30分開場/18時開演・入場料1000円(1ドリンク付)または2000円(1ドリンクとお食事付)

▽主催・出演
山口勲/大島健夫

▽スペシャルゲスト
カニエ・ナハ

◎オープンマイクは1名あたり制限時間5分。

☆☆☆

そして明けて16日(月)は、渋谷の喫茶SMiLEでかずちゃん企画・謡に出演。共演者は死紺亭柳竹、遠藤ヒツジというポエトリーリーディングな二人。私は久々に内藤重人さんとのコラボで舞台に立つ。30分、どんな詩をやるかはもう決まっている。最高の舞台になるように、二人で燃焼し尽くすつもりだ。オープンマイクもあります。

***

「謡(うたげ)~其の三十七」

2017年10月16日(月)・渋谷 喫茶SMiLE

19時開場/19時30分開演・入場料1000円+1ドリンク

▽出演
大島健夫with内藤重人
死紺亭柳竹
遠藤ヒツジ

◎オープンマイク有

☆☆☆

前に書いた通り、今月は6本ある私の朗読ステージのうち3本以上ご来場頂いた方に粗品を贈呈する予定で、15日の千葉詩亭から該当のお客様が増えてきそうなのでその粗品をさきほどまで家内制手工業的に作製・生産していた。どうせ私のやることなので、あまり期待しないで待って頂ければ幸いである。ではでは、みなさんお会いできるのを楽しみに。